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読んだ本のこと書いていきます。






街場の文体論
「街場の文体論」内田樹

この本を初めて読んで数ヶ月、唯一続けていることは、西武信用金庫の前にあるおじぞうさんに手を合わすこと。そのおじぞうさんは紫の服を着ている。紫が好きだったあの人と毎日そこで数秒の話をする。僕はきっとこの本をずっと持ち続ける気がする。やっぱりこの本も、本屋さんで目があった。僕を見ていた。書きたい。その衝動を見透かしたように。
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神様 2011
「神様 2011」川上弘美

大切な人がいなくなって初めて、何万もの人が亡くなったあの日の哀しみを実感した私。人は私のことにならないと私のこととしてとらえられないのかな。経験は想像を生み、さらに、想像は経験を生むんだと思う。

物語をも壊してしまったんだな、私たちは。
5年と半年たって、気づかせてくれて、書いておいてくれて、ありがとうございます。
ケンジ
「ケンジ あの日あの人は歌っていた」北村想

こちらを見ている。
誰もいるはずもない、一人っきりの部屋で。

0時をまわって居酒屋のアルバイトから帰宅し、ごはんの準備にも思い切れない状態のわたしに、彼女は声をかけた。

37歳のあなたがいて、37歳の私がいて、18歳のあなたがいて、18歳の私がいた。あの子もあの人も、あなたも、母も父もばあちゃんもじいちゃんもにいちゃんもみんないた。

私はこの人のことが好きなんだな、それだけは自信を持って言える。自信を持って言えることなんて何もないと思っていた夜に、熱くなる胸と、決してこぼれないで滲む涙に、彼女からの視線はこちらから見ていたからなんだなと、自分のからだに気づかされる。

でもね、きっと彼女もこっちをみていたんだよ。


師匠=恋人、談春さんのいうとうりだな。
民主主義ってなんだ?
「民主主義ってなんだ?」高橋源一郎×SEALDs

ただね、辿り着けないものかもしれないとは思ってる。わかりあえない、言葉が通じない、ディスコミュニケーション。そういう世界はある。というか、現実にはそういう世界ばかりなのかもしれない。世界には限界があって、それは認めなきゃいけない事実で、でもまた諦めちゃいけないんだよね。いくら言葉を発しても、目の前でシャッターを下ろされてしまえば聞こえないし、届かない。世界はそういうものとして存在している。そういうものがあると知っているけれど、シャッターの前まで行くことはしたい。ここまでは高橋源一郎さんのことば。僕もそう思う。それで、シャッターをあけてみようと思う。たとえ、それが不可能なこととわかっていても、そのシャッターをあけるという意思と行為に、いや、意思はなくてもいい、その行為の果てに、美しいものがあると信じているから。
春子ブックセンター
「春子ブックセンター」宮藤官九郎

実家で元日を迎え、兄の本棚からなんとなしにとったこの本に挟まっていた鈍獣の岸田戯曲賞受賞の選評の言葉から今年が始まりました。

舞台の上に、ほかの形式ではとても表現できないような特別な時空間を創り出すこと。その特別な時空間に貫禄負けしないような強靭で生き生きした言葉を紡ぎ出すこと。そして、この二つがうねりながら一つになって、ふだんでは、「見ていても見えず、聞いているのに聞こえない」人間の真実を観客の前に提示すること。しかもその観客は一人や二人ではなく何百何千にも及ぶので、よほど強力なプロット進行を仕掛けないと、それらの人たちは一匹の巨大で生きた観劇共同体にはならないだろうということ…劇を書くということは、以上の難問を乗り越えるための苦役にほかなりません。

井上ひさしさんのことばです。

この数日、感じたこと、考えたことを持って、


生きていきます。
プロフィール

橋本健司

Author:橋本健司
小学生のとき、図書室には行きませんでした。
山を走り、田んぼを走り、畑を走る、そんな毎日でした。
街に一つある図書館へは、電車で30分でした。
ばあちゃんが月に一度連れってくれました。
電車に乗ることと、帰りに食べるどんぶりが楽しみでした。
中学2年生になって転校生がやってきました。
彼女はすぐに図書委員になりました。
よく図書室に行くようになりました。
そして彼女は僕の友達と付き合いました。
あれから10年がたちました。
本を読みに、図書室へ行ってみようと思います。

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